2015年 07月 22日
続
< 今日の気になるキーワード>
日本人は横文字が好きといわれます。私も良く使います。でも、使うときにはやっぱりもとの意味を知って使ったほうが、誤解が少ないでしょう。
“モラル- ハザード”という言葉、ここ10年くらいで急速に広まりましたが、日本では誤用が多く、気になっているものの一つです。最近ではむしろ誤用のほうが定着してしまった感もあります。
「モラルハザード」はこのかたまりで一つのテクニカルタームですが、たまたま多くの日本人が「モラル」と「ハザード」の両方を別々に知っていたことが災いし、単にそれをくっつけた用語と理解してしまったようですね。しかし、「たらい回し」が「たらい」を「回すこと」ではないように、「モラルハザード」は「モラル」の「ハザード」ではありません。
初めに正しい意味を
モラルハザードとは、もともとは保険関係の用語です。私はリスク関連のテクニカルタームとしてアメリカで習いました。経済学でも使います。
意味は「危険回避のための手段や仕組みを整備することにより、かえって人々の注意が散漫になり、危険や事故の発生確率が高まって規律が失われることを指す。
すなわち、保険をかけたり、セーフティーネットが整ったりすると、そのことによって、リスク回避のインセンティブが低まり、該当するリスクがかえって高くなることを意味します。安心感から事故が起きる確率が増加するわけです。これは、ある意味で、経済主体の合理的な行動の結果ですから、単なる倫理不足や、自己中心的な行動、ということとは違います。
たとえば、失業保険や生活保護が必要以上の充実は、多くの人の働く意欲の減退をまねく可能性があります。こういうものを「モラルハザード」と呼ぶのです。
モラルハザードという言葉のそもそもの由来は、火災保険ををかけておいて家に火をつけるような行為を「不道徳」と呼んだところからきています。(不道徳というかこれは保険金詐欺という犯罪ですが)。
しかし、不道徳でない人であっても、保険があれば、災害を避けるインセンティブがそがれるわけで、今ではこのような「インセンティブ」による効果のことを含めてモラルハザードと呼ぶようになっています(スティグリッツ教科書より)。
保険や保障によるリスク移転の効用とリスク回避のインセンティブとの間のディレンマを「モラルハザード」という言葉によって表現し
モラルハザードは保険、あるいはセーフティーネットという仕組が抱えるシステム的な問題です。
したがって、回避策もシステマティックなものでなければなりません。個人の倫理が向上すればなんとかなる、という類のものではありません。
さて、以下はネットに氾濫する誤用の例です。
誤用1
最近の新聞に「モラルハザード」という言葉がよく登場しますね。「モラルハザード」とは、「倫理の欠如」。経済学の専門用語です。その意味は、「社会全体の利益を考えずに、自分の利益だけを追求すること」。
解説
え〜と(笑)・・・これがモラルハザードなら、すべての経済活動はモラルハザードということになってしまいます。ある経済主体が社会全体の利益ではなく、自分の利益だけを考えるのは経済学では当然と考えられています。消費者は消費者の、生産者は生産者の余剰だけを考えて行動するのが当たり前で、「市場」という機能が自動的に社会的な最適を実現する、というのが経済学の基本的な考え方(信仰?)なのです。
誤用2
雪印食品の牛肉偽装で始まった食品不信の波は、他社をも巻き込んで消費者を不安に陥れています。産地を偽り、賞味期限のラベルを貼り替えるなど、まったく話にもなりません。モラルのカケラもありません。 道徳や倫理観の崩壊、すなわちモラルハザードが起こっています。
解説
これは、もともとの「Moral Hazard」とは無関係で、「Moral」+「Hazard」の用法の典型といえるでしょう。