懸賞 2017年 05月 17日 懸賞

父親の看病、介護はあしかけ6年になりました。喉頭癌ステージ4が見つかり京大病院に入院し抗がん剤が効いて治ってしまい、喜んでいたのもつかの間、間質性肺炎にかかり集中治療室へ。なんだかんだで8カ月近く入院。
退院し、家族で退院祝いをし、身内だけで1泊2日の温泉旅行に行きました。 …ら、軽度の認知症になっていた父親が、やってしまいました…自分の着ていた服でなく、他人様の服を着てその上に丹前を羽織って戻ってきました!!(>_<)まあ大変だったこと…といったらもうそれは……

 しかし母親の献身的な介護のかいもなく、行くえ不明になったり……。さらに歩行も怪しくなり、軽い脳梗塞を度々したり、軽い心筋梗塞にもなり、ステントいれたり…しました。ショートステイや、デイサービスなどを利用してましたが、やはり軽い脳梗塞を起こしては入院、退院してもまたしばらくして、また軽い脳梗塞を発症。だんだんその間隔が狭まり……。
自宅介護は無理と判断され病院付のホームに入所した矢先に、誤嚥性肺炎を発症したり、治ったり…、また発症し薬がもうあまり効いてない様な、状態になり、最後はゼイゼイいって苦しそうにしておりました。
 
 そのような状態の父親に、意識がないようにみえましたがたぶん、耳は聞こえているだろうからと、「また、パチンコに行って、サウナにも行って、大好きな餃子とビール飲もうね!お父さん頑張ってね!!また来るからね!」と呼びかけたら、ちょっと間があってから、足でガタンと音立てたので、「あ…きっと返事してるんやね」と母親と妹と私。

 翌日の午後、意識がない父親に異変を気付いた医師が検査したところ脳出血を起こしていたので、緊急手術となりました。
 それが父親の最期となりました。
偶然ですが、父と祖母は享年ともに77才でした。

私の唯一の後悔は、父親に「育ててくれてありがとう、大学まで進学させてくれてありがとう、本当に、今までありがとう」と声に出して頭の中でずっと思っていた言葉をじかに言えなかっことです。

 これからは、残された母親のことをケアしていくことに心を配っていきます。

 皆様にはいろいろと、ご心配をお掛けしたと思います。それと共に誠にありがとうございました。
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by kimie0102 | 2017-05-17 00:43 |

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